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2011年01月22日

娘の腕の中で迎えた最期

ある大雨の日。

午前9時頃、往診の依頼がありました。

本人からでなく、娘からの電話でした。

ネリヤに1度もかかったことのない方でした。

娘は、往診を依頼することをためらっていたようでした。

母は、乳癌ではあったものの抗がん剤などの治療を選択しなかったとのことでした。


そして、この2年間、病院を受診することを拒み続けて、自宅で娘たちと過ごされてきたとのことでした。


娘は、日に日に衰えていく母を見ていて、心配でたまらなかったそうです。

昨夜は、娘から「救急車を呼ぼう。」と母に言ったものの、母は「明日でいい。」と言ったそうです。

そして、今日は、母の意向を聞く前に当院へ電話をかけたのでした。

心配でたまらない気持ちと、母の言いつけを守ろうという気持ちの間で、娘はとまどい、揺れ動いていたのでした。


その日の午後、私は、この母娘の家に初めて往診に伺いました。


母は、顔色が真っ青で、血圧も計るのが困難な状態でした。

おとといからは、あおむけに寝るもが苦しいとのことで、うつ伏せで丸まっていらっしゃりました。

家で、点滴を希望されるかどうかをたずねました。

母は、かすかにうなずかれました。

横になると苦しいとのことで、娘に後ろから抱きかかえられるようにして、点滴をすることになりました。


点滴を始めてしばらくして、呼吸が浅くなり、顔色はますます蒼く、手足の先は紫になってきました。


20年前の私でしたら、迷わず、心臓マッサージや人工呼吸を行うような場面でした。

娘に、心臓マッサージや人工呼吸を行うかどうか、入院を希望するかをたずねました。

娘は、母に生き続けてほしいという思いと、これ以上苦しませたくないという思いの間で、また激しく葛藤していました。

母が、最初にこの病気を自覚したのは、娘が中学の時だったこと、
これまでも何回も、このような場面を乗り越えて元気になってきたこと、
同居しているもう一人の娘は、身内の死をきっかけに人見知りになってしまったこと、
そして、母が「お母さんは、棺桶の中からでも生き返るから、死んだと思うなよ。」と繰り返し言っていたこと。

娘は、いわゆる延命治療や入院は母の希望ではないと、気付かれました。


そして、娘は、母を最期まで腕の中でしっかり抱えながら、「死ぬなよ。頑張らんば。」と涙ながらに母を励まし続けました。


しかし、母の体力は本当に限界でした。

娘の願いもむなしく、娘の腕の中で抱えながら、静かに息を引き取られました。


母との深い絆を失った娘は、その日の大雨以上の涙を流しました。


母にとっては、最後の最後まで、自宅で過ごし、娘の腕の中で迎えた最期は、最も望んでいた形だったのかも知れません。



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Posted by neriya at 17:54│Comments(4)在宅ケア
この記事へのコメント
このお母さんにとっては、
この最期の迎え方でとても満足されたでしょうね。
娘さんにとってはいつでも親は生きていて欲しいし、
辛かったでしょうけど・・・。

人の命はいつどうなるか分からないし、
夫婦、親子、親族間で、最期をどう迎えたいかなど、
普段から話し合ったほうがいいなぁ~と
常日頃から思っているので、
よく親兄弟や夫婦間で話し合いしています。
延命はしたくないけど、
その場の状況で気持ちはかなり揺らぐように思います。
母は突然死だったのでどうしようもなかったけど、
その場にいたら心マとかしてたんだろうな・・・って思います。
Posted by さっち at 2011年01月25日 18:54
さっちさん

最期を意識していない方には、受け容れ難く、
最期を意識している方にも、迷いがあるのが、
むしろ普通だと思います。

いざとならないと、その場にならないと、
想像のつかないことが多いですから。

「揺れ動くのが大前提」ですよね。
Posted by neriyaneriya at 2011年01月27日 00:11
母が私が小さい頃から話してくれたことを思い出しました。母の母親も胃癌で、横になるのが辛く柱に寄りかかって寝ていたそうです。まだ小さい母の腕とその母親の腕に紐をかけ、辛い時は、その紐を引いて母を起こしていたそうです。もう30年以上の前の話を小さいながらも、涙を流しながら聞いていた事を思い出しました。爪が折れるくらい苦しみ、毎日『殺して』と叫んでいたそうです。 順番から言えば、親から亡くなっていきますが、いつまでも元気に居てくれるとどこかで思い、そう願っている自分がいます。親孝行なんてまだしていないのに…。そのお母様のように、幸せな最期を送れるように、二度と無い今を大事に、大切な人逹と過ごしたいです。
Posted by 13 at 2011年01月27日 00:39
13さん

お返事が遅くなってごめんなさい<(_ _)>。

30年以上前というと、私もまだ、学生の頃ですが、
緩和ケア、在宅ホスピスケアは考え方から、治療法まで
大きく進歩しています。

ネリヤが開院してから1年半あまり、10人余りの方の最期にお付き合いさせていただいていますが、皆さん安らかにお家での生活を送っていただいています。

「私たちは、あなたとあなたの家族とともに、ゆりかごから最期のときまで、微笑み合えるように努めます。」

とネリヤの診療方針の最後を結んでいます。
まだまだ、これからもスタッフとともに勉強を積み重ねて行きたいと思います。
Posted by neriyaneriya at 2011年01月28日 23:41
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娘の腕の中で迎えた最期
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